「腹式呼吸」というと、「お腹に力を入れる呼吸」「お腹をへこませながら息を吐くこと」だという誤解がいまだに多く見られます。
プロでもアマでも、 演奏者が「吐く息が長く続かない」のは、「腹式呼吸ができていないから」だという「思い込み」があります。「お腹に力を入れて、へこませながら息を吐かないとイケナイ。」という強迫観念があって、苦しい呼吸を強いられています。
息を吸うことについても、「瞬間的にたくさん息を吸わないといけない。」という誤解もあります。ぼくは、「青空の下の、お花畑で、いい匂いを嗅ぐように、ゆったりと深く、息を吸ってください。」という表現をしています。演奏者には、楽な呼吸がいつも必要です。
胸式呼吸とは
「腹式呼吸」に対して「胸式(きょうしき)呼吸」ということがあります。これは、生命維持のために無意識に行っている呼吸で、肩を上げ下げ、また肋骨を広げたり縮めたりする呼吸です。腹式呼吸が身についている人でも、激しい運動をしたあとは、胸式呼吸になります。
ことばで伝える難しさ
じゃあ、腹式呼吸を身につけようとすると、言葉で伝える難しさにぶつかります。結果、最初に言ったような誤解が広まってしまっているのが現状です。
西洋音楽が伝える腹式呼吸
ヨーロッパでは、古くから建築様式に近代的な音響効果を取り入れた建物がたくさんあります。野外音楽堂、オペラハウスやコンサートホールなどもその一例です。
こうした会場で声楽や器楽演奏をしようと思ったら、演奏者自身がじゅうぶんな声量や響きを持つ必要があります。
ヨーロッパのクラシック音楽が、現代の腹式呼吸を育てたといっても過言ではありません。それは、冒頭に例に挙げた、誤解されたままの「お腹に力を持ち、お腹を絞る(へこませる)」呼吸といえると思います。
日本文化が伝える密息(みっそく)
いっぽうで、日本ではお座敷、または、能の舞台のように、身近な空間での音楽が発達しました。それに、帯を腹で締める着物の文化があり、帯が緩まないためのお腹を「動かさない」呼吸が一般的でした。
下半身ほどがっしりした日本人の体格が椅子に座らない、畳での生活に適していたことと、着物の帯の文化とが融合した結果です。
現代では、音響は設備があり、エンジニアがいます。マイクが音を拾うため、西洋的な腹式呼吸を必要とする場面は、クラシックの声楽くらいでしょう。
呼吸に必要なのは、緩やかな姿勢
人間に限らず、あらゆる動物は、緊張すると「息をひそめ」ます。
「緊張すると、呼吸が止まる」ことは、誰もが簡単な実験で実証できます。
両手で握りこぶしを作り、そのこぶしに全力で力をこめます。
「息を吸ってみてください。」とぼくが言います。
まったく、息が吸えません。
小動物の中には、緊張のあまり、失神して、そのまま死んでしまうものもあります。
呼吸に必要なのは「弛緩」です。リラックスしている状態です。
お風呂でできる簡単な呼吸トレーニング
湯船にゆったりと胸まで浸かって、あぐらをかくか、正座するなどして、上体を起こした姿勢にします。足を延ばしたり、浴槽に持たれたりしない姿勢が望ましいです。
男性は左手を、女性は右手を、へその下あたりの下腹部に手のひらを当てます。男性と女性とでは、右左、陰陽のパワーの方向が違うそうです。ぼくは、わかりませんので、右左どちらでもいいという説明をしています。
片方は、もう片方の手の上に重ねてもいいですし、ぼくは心臓のあたり、胸に当てるように言っています。
その姿勢で、ゆったりと、花の匂いを嗅ぐようにゆっくりと、五つ数えるくらいのペースで息を「鼻から」吸います。
じゅうぶんに苦しくならない程度に息を吸ったら、いったん息を止めて、ゆっくりと「口から」細く、長く息を吐き続けます。だいたい15秒くらいの感覚でいいと思います。この時も息を吐き切るのではなく、吐いた後にゆったりと息を止める余裕をもって、息を吐きます。
その動作を4~5回繰り返します。ぼくは毎日やっています。毎日の習慣にすれば、5分程度で終わります。お風呂でやると、リラックスしているのと、水圧の関係で呼吸が楽にできることで効果が高いです。
手を当てるのは、呼吸と気の流れを感じることが大事(意識する必要はありません。)なのと、透明なお湯なら、お腹の動きが見えます。その時に「保つ呼吸」というのが、お腹の動きで感じられます。