楽譜は、読めなくても、読まなくてもいい。

「知らない曲でも、楽譜があれば演奏できると思いますが、どうしたら、初めての曲の楽譜をすぐに読むことができますか。」

という質問をいただきました。回答は、上記のとおりです。

この文章を「地図は、・・・。」に置き換えて読んでみてください。

地図は、読めなくても、読まなくてもいい。

地図を隅から隅まで精密に読めないと、目的地にたどり着けないでしょうか。

とりあえず、最低限のルールがわかれば、「まっすぐ行って、交差点Aを右に曲がって、2つ目の通りを左に入るんだな。」ぐらいのことは読み取れます。

どんなに地図を見たところで、関係ない銀行の名前とか、公園の入口がどこにあるとか、記憶にも残りません。

その点、楽譜も地図も実は同じです。

「シャープが3つあって、最初の音がラなんだな。」ぐらいの情報があれば、だいたいの見当で読めます。もちろん、そう簡単には信じられないと思いますが、人間の感覚というのは、誰でも高度で精密な感度を持っています。誰でも、です。そこを生かすか無視するかだけのことなんです。

逆に言えば、その感覚の生かし方がわかれば、まったく、楽譜を読まないでも演奏することはできます。これは、方角と目的地の向こうに見えるビルや山などのランドマーク(目印)を記憶すれば、地図がなくてもたどり着けることと同じです。

楽譜は料理のレシピにもたとえられる。

カップ麺や、みそ汁やポテトサラダを作るときにレシピが必要でしょうか。「春の小川」や「夕焼小焼」をハ長調で演奏するのに、楽譜はなくても演奏できます。ただ「楽譜がないと演奏できない。」と思い込んでいるだけなんです。

今まで作ったことがない料理だったり、使ったことのない食材があるときに、レシピが必要だと思うでしょう。それでも、一度作れば、レシピはいらなくなることもあるでしょう。

もっといえば、楽譜は自転車の補助輪です。

走り出してしまえば、補助輪はむしろ邪魔になります。自由を束縛するからです。自転車を傾けないと曲がれないカーブで止まってしまいます。

音楽にとって、自由とは、ことばであり、感性そのものです。音符を追いかけている限り、ことばや、感性を伝える響きやイントネーションは音に乗りません。

楽譜には、長さや高さ、拍子と強さくらいの情報しか書けません。たったそれだけの情報で音楽が生まれるのなら、音楽はコンピュータに任せればいいのです。

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